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フロアコーティングの定義とは?

塗料と皮膜の平均的な厚さが同じ場合は、特に均一に施された塗装ほど長持ちするが、これは一度の塗布では難しい場合があります。

昨今の親が子に関心を寄せる最大の原因が学歴社会であることはよくわかる。
これが即住まいの問題となって、子供部屋すなわち勉強部屋を与えることにつながる。
親の子供に対する関心はストレートに勉強部屋という形であらわれているのかもしれない。
この子供部屋の与え方、あり方が子供そのものを、そして家族を崩壊させかねないのだ。
そして、子供のことよりもさらに考え大切にしなければならない夫や自分たち夫婦の問題は、二の次、三の次となり、肝心の家族の屋台骨にヒビが入りかねないのだ。
子供を忘れると夫婦が見えてくる親の子供への関心が子供を「反発.一させ、また「甘え」させるのなら、親はこの際思い切って子供の存在を忘れ去ることに限る。
忘れ去ると言っても突然無視するわけにはいかない。
かえって反発するか、関心を得るためにさらに甘えてくるかもしれない。
そこで、彼らが運悪く病気にでもなったと仮定する。
つまりやれ勉強、塾と追い立てて無埋をさせるよりも、何よりも子供の生命や健康を優先するように注意を払うのだ。
これは本気でそう思う。
すると不思議に彼らは親のやさしさを感じ、自分たちの未来のことは自分たちで考えなければ、と気がつく。
なるほど子の健康を案ずる親こそ本来の親の姿であって、進学や就職に気をつかう親は、学校の先生や先輩などと同じ、世間の人となってしまうのだ。
複雑でスピードの速い社会の中では、家庭に親がいなければならない。
それが「家」だ。
今の子供たちにとっては親が家にいないのは寂しい。
しかし、家に帰ってきても「勉強しろ」とばかり言う教育者が待っていたのでは身がもたない。
ともかく子供を忘れると自分たちが見えてくる。
今までの子供に対する自分の姿勢はもとより、子供が努力して勉強して、いったい将来はどこまで行けるのかという現実が見えてくる。
昔と違って塾も多く、入試もむずかしくなれば、相対的に厳しさも増す。
今の夫の現実と子供たちの将来の厳しさはほとんど変わらないのだ。
子供に夫以上のことを期待する方が間違いだと気がつくはずだ。
そんなことよりも、働きバチの夫にいったい何をしてやっているのか、家族はその方に思いをめぐらせてほしい。
夫は人生を家庭を楽しんでいるのだろうか。
妻も成熟した年代相応の人生を謳歌しているのだろうか。
仮に中学、あるいは高校受験を控えた二人の子供がいるとしよう。
たぶん、夫は四十~四十五歳、妻も四十歳前後であろう。
子供は三歳離れているとして中学受験から高校までと前後六、七年は子供の教育に費やされる。
これが大学受験にまで親が関心を持っているとしたら、なんと十年以上は親の側にとっても灰色の人生だ。
夫婦二人の成熟した人生の中で、灰色の十年間はあまりにも犠牲が大きすぎはしないだろうか。
これが一般的なわが国のライフスタイルとしたら、住まいの設計、住まいのあり方が大幅に歪んでしまうのは当然だろう。
子供を忘れてみるとこんなことが見えてくる。
子供たちの受験にからむ期間を十年とすれば、それが終わった十年後は、いきなり夫婦だけの家庭になってしまうのだ。
大学生以上の子供など、住まいに寝に帰ってくるようなもので、母親などかまってもらえない。
子供中心の家庭だと、まるで抜けガラのような家庭になることは必至なのだ。
子供たちのことを本当に考えるのなら、親たちは親たちのサロンを家の中につくろうと努力する方がいい。
夫婦合作の二人の空間は子供たちにとっても居心地が良いはずだ。
この空間はリビングでも、台所でもよい。
夫の仕事場や書斎でもいい。
時々夫婦そろって話でもしていれば、子供たちも寄ってくる。
これを彼らの受験期にやっていれば、彼らの息抜きにもなるし安心感もある。
精神的に不安定な子供にとって、夫婦仲がいいことは、何よりの精神安定剤となるのだ。
この時期思いきってこうしたライフスタイルを構築すると、彼らが成人してもこの団らんは続けることができる。
子供部屋をつくる前に、親たちのサロンをつくることが、夫婦にとっても子供とのつき合いにおいても、何より大切だということを知ってほしい。
今こそ、わが国の親たちはわが子のことを忘れ、自分自身の住生活と楽しみ優先の住まいづくりをする時ではないだろうか。
子供たちも親のそうした姿勢を目で感じとり、親の楽しい生活姿勢に引かれ、自らよく学び、工夫して生きることを覚えてくれるのではないだろうか。
住まいは家族があってこそ生きる。
家族とは親と子のかかわりである。
親の健康、親の満足感、そして親の安心感があってこそ子はスクスクと育つ。
そんな考えで住まいを建てて子供を育てていきたいものだ。
カギをつけて、と子供に言われたら子供部屋のために住まいを建てるかのような親が多い。
かつて子供部屋の調査をしたことがある。
東京、大阪、仙台の各都市圏で、小学四年から中学三年までの子供のいる世帯を対象としたものだが、子供部屋のある家庭は八十三パーセント、持家に限ると九十パーセントにも達した。
特に目をひいたことは、子供部屋を与えた時期で、″小学校低学年までに″が六十パーセント以上、何とその平均年齢は八歳だった。
親は子供の独立心を養い、勉強への意欲を高めることを期待しているわけだが、さてその効果となると……。
自分の部屋を掃除している子はわずか一割しかいない。
これでは、いったい何が独立心なのかわからない。
なぜ、子供部屋が優先されるのだろうか。
子供のために、親のスペース、親の生活がなぜ二の次になるのだろうか。
いかに子供を甘やかし、助長しているかがこの個室に象徴されている。
すべては受験中心に考えて、子供の要求のとおりにしていることが問題なのだ。
とりわけ子供部屋の設備が揃いすぎているのがまずい。
インターホンはもちろん、電話、テレビ、パソコン。
さらに冷蔵庫まで備えている過剰設備の子供部屋もある。
これだけ揃っていると、もうリビングに出てくる必要もなくなる。
用事があれば、母親をインターホンで呼べばいいのだから。
カギがついていれば、気にいらないことがあれば中からカギをかけて〝ろう城〟さえも辞さない。
〝ろう城″とまでもいかずとも、学校から帰ってきたらさっさと子供部屋に入ってしまい、まるで家族の中で下宿生活をしているような子供もいる。
子供部屋には電話やテレビなどの設備や、遊びを対象としたものを極力置かないようにし、住まい全体の中で独立しないようにしたい。
それには、どんなことがあっても子供部屋にはカギをつけないことが肝心だ。
先程の調査では、十二パーセントの子供部屋にカギがついていた。
このカギの要求はどの家庭でも起こっているが、「カギをつけて」と子供に言われると、どうもあっさりカギをつけてしまう親が多い。
安易にカギをつける親の姿勢は問題だ。
子供が「カギをつけて」と言うのは、だいたい次の三つのことに起因しているケースが多い。
その第一は「小さな秘密」。
手紙や日記など、思春期の彼らには、ちょっと隠しておきたい物が多い。
第二が「その場の保存」だろう。
机の上を勝手にかたづけられるのは子供たちにとって、迷惑な話かもしれない。
また、大切にしていたプラモデルの小さな部品などを弟にさわられてなくなったりすると、「カギをつけて」となる。
第三が「プライバシー」だ。
この頃の子供は成熟も早いから、着替えの最中に父親や兄にドアを開けられたりすると、「失礼ね、カギをつけてちょうだい!」という事態になる。

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